せんだんの杜における「東日本大震災」被災状況(第7報)
2011.03.28 Monday 17:21
1.震災に見舞われて3週間目となります。
「せんだんの杜」では少しずつですが、平常の生活に近づいてまいりました。
これも仙台市民、宮城県民の皆様はもとより、日本全国にお住いの皆様のご支援とご協力、ご努力の賜物であると、あらためて深く感謝申し上げております。
2.この震災により、「せんだんの杜」でも建物・設備、サービス提供資源に一次被害と二次的被害があり、ご利用者の生活、職員の職業生活や私生活に大きな影響をもたらしておりますが、沿岸部在住の皆様や施設は甚大な被害を受けております。また福島県の皆様を中心として、地震や津波だけではなく、原子力発電所の事故による放射線、放射性物質の影響がたいへん大きく、風評も含めて直接に被害を被っておられます。
ここに心よりお見舞い申し上げますとともに、今後私たちにできる物的、人的支援を検討して、ご支援していきたいと考えております。
3.震災のときを少しだけ回想。
1)平成23年3月11日(金) 14時46分、三陸沖にてマグニチュード9.0、最大震度7の大地震が発生。仙台市青葉区では震度6弱とのこと。
2)長い長い横揺れがどんどんどんどん激しくなり、照明が消え、パソコンの画面が真っ暗になり、固定していないパンレット台などが倒れて、カウンターの物が落ち、わたくしの机にうず高く積んでいた書類の山が崩れていきました。
3)ただ、せんだんの杜をはじめとして宮城県内の施設では、発生確率100%といわれている宮城県沖地震に備えて、ほとんどの建具や備品は固定していました。そのため当施設でも倒れたものは少数の小さな物だけで、それによる被害はありませんでした。また横揺れでしたので、窓ガラスが割れることはなく、二次災害は発生しませんでした。保育所には飛散防止フィルムを貼付していましたが、それ以外の施設では一部が強化ガラスであるだけでしたので、助かりました。
4)ライフラインがすべて途絶し、電話やインターネットもつながらず、ラジオと受信状態が悪くなったワンセグ放送だけが情報源という、まさしく孤立状態となりました。
ただ、新聞だけは翌日も朝刊から配達され、そのタフさに感動いたしました。
なお、固定電話の構内交換機にはバッテリーを搭載していましたが、停電時間があまりに長く、震災発生4日後には切れてしまいました。
このように震災の日から全停電となり、毎夜ローソクと懐中電灯での生活でしたが、3月15日(火)の21時に通電し、安全点検のうえ使用できるようになりました。
5)せんだんの杜(リベラ荘、フェリコ館)におけるライフラインの復旧は、次の通りです。
・3月12日(土)AM・・・プロパンガスが復旧。
・3月15日(火)21時・・通電再開
・3月16日(水)PM・・・電気復旧完了
・ 〃 PM・・・低圧にて通水あり
・3月17日(木) 9時・・上水道復旧
・3月19日(土)20時・・再度断水
・3月23日(水)17時・・上水道再度復旧
4.その後も引き続き、多くの皆様から無償のご支援をいただき、深く感謝申し上げております。(順不同、内容省略)
・ 株式会社アドバンスエスコ 様
・ サン・エコ株式会社 様
・ プロモツール株式会社 様
・ アロマ・サイエンス株式会社 様
≪(株)アドバンスエスコ様(大阪市)、サン・エコ株式会社様(山形市)≫
たくさんの支援物資を直接お持ちいただきました。たいへんありがとうございます。
≪冷凍焼き芋≫
たくさん頂戴しました、本日、みんなでおいしくいただきました。
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